健康コラム
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
昨今、「従業員の健康=企業の重要な資本」との考え方のもと、健康経営を実践する企業が増えています。「企業・健保訪問シリーズ」では、さまざまな工夫で健康経営に成功している企業をご紹介していきます。
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
中外製薬株式会社
会社、労働組合、健保組合が三位一体となって健康経営を推進
中外製薬株式会社は、抗体エンジニアリング技術をはじめとする独自の創薬技術基盤を強みとする、研究開発型の製薬企業である。2002年にロシュ社と自主独立経営を維持する戦略的アライアンスを開始し、研究開発に重点的に投資するビジネスモデルを確立している。2017年に「健康宣言」を出し、がん対策、生活習慣病対策等の重点項目について、会社、労働組合、健保組合が三位一体となって取り組んでいる。その取り組みは高く評価されており、2021年から「健康経営優良法人(ホワイト500)」(大規模法人部門)に4年連続で認定、2024年には「健康経営銘柄」に初めて選定された。同社の健康経営の取り組みについて、人事部エンプロイーサポートグループグループマネジャーの山本秀一さん、同グループ課長の小林和也さん、中外製薬健康保険組合常務理事の染谷武さん、同事務長の藤林哲也さんに聞いた。(※所属・役職は取材当時のものです)
【中外製薬株式会社】
設立:1943年3月8日
本社:東京都中央区日本橋室町2-1-1日本橋三井タワー
代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO):奥田修
従業員数:7,604名(連結、2023年12月31日現在)
──「個人の健康」と「組織の健康」の維持・向上を
山本さん ▶
当社は、創業時から「患者さんと人々の健康に貢献する」という軸を持っています。従来経済性、社会性、人間性という企業三原則があり、社員を大事にしてきています。2017年には「健康宣言」を出し、「個人の健康」と「組織の健康」の維持・向上に積極的に取り組み、健康経営を実現していくことを明確にしました。
小林さん ▶
当社が経営の基本方針として掲げる「共有価値の創造」を進めていく上で、重点的に取り組む16の重要課題を「マテリアリティ」として設定しており、その中に「社員のウェルビーイング」を位置づけています。成長戦略である「TOPI2030」を実現していくためには、「3つの個」(個を描く・個を磨く・個が輝く)が重要であり、個が輝くことができるように健康経営を推進しています。
がん、生活習慣病、メンタルヘルス、ヘルスリテラシー、職場の身体的安全、職場の心理的安全の6つの重点項目を定めるとともに、中長期目標を策定しています。目標の達成に向け、会社、労働組合、健保組合が三位一体となって取り組んでいます。経営のコミットのもと、3者が参加する健康経営チーム会を年に2回開催し、重点項目の進捗状況を共有しながら、課題を把握し、活動を展開しています。
中外製薬株式会社 人事部
エンプロイーサポートグループ
グループマネジャー
山本 秀一 さん
山本さん ▶
健保組合とはかなり密に連携を取っています。月に数回は対面で会議をし、お互いの活動状況を共有しています。それぞれの活動の相乗効果が出るように、また、社員が重複感を感じないように、意識しながら取り組んでいます。
染谷さん ▶
健保組合の保健事業費は限られており、コラボヘルスとして、会社との役割分担を重視しています。例えば、ハイリスク者のうち社員には会社が対応し、任意継続者や被扶養者は健保組合がカバーしています。
藤林さん ▶
効果が出ている会社の事業を被扶養者や任意継続被保険者に展開していくという取り組みが功を奏しています。
──がん検診の受診率向上や治療と仕事の両立に注力
中外製薬株式会社 人事部
エンプロイーサポートグループ
課長 小林 和也 さん
小林さん ▶
がん対策では、早期発見、早期治療が非常に重要です。がん検診の受診率は、胃がんが88%、大腸がんが92%、肺がんが99%、乳がんが98%、子宮頸がんが77%です。再検査が必要な社員には、がんの臨床経験がある専門看護職が直接声かけをして促しています。再検査の受診率は81%です。
染谷さん ▶
その5つのがんを検査できる人間ドックの受診対象を35歳以上の希望者と広く設定しています。人間ドックの受診を定期健診の代用として認めることで、受診率を高めています。保健事業費の多くを人間ドックの費用に充てており、早期発見、早期治療に力を入れています。定期健診と婦人科健診を就業時間中に一緒に受診できるなど、がん検診を受けやすい環境も整備されています。
藤林さん ▶
人間ドックの費用は健保組合が負担しており、本人の負担はありません。
山本さん ▶
がんにかかったとしても、治療を受けながら安心して働くことができるように「就労支援ハンドブック」を作成し、各種の制度等を周知しています。例えば、各種休暇制度、給与面での対応、段階的勤務やテレワーク勤務といった就労形態、社内の各種相談窓口、健保組合の連絡先、社外の相談窓口等を掲載しています。会社と健保組合が補完し合って対応しています。
藤林さん ▶
生活習慣病対策では、特定保健指導に力を入れており、実施率は80.3%です。巷には特定保健指導に関するキャッチーな企画もありますが、そこに飛びつくのではなく、正攻法で対象者に最後まで寄り添って伴走してくれる委託業者を選んでいます。途中で離脱しかけた場合には、委託業者に加えて、健保組合からも連絡を入れています。
小林さん ▶
就業時間のシフトを調整したり、当社の会議室で就業後に保健指導を受けられるようにしたりするなど、会社としても環境づくりに取り組んでいます。
──健康の保持増進のため健康支援アプリ「&well」を導入
山本さん ▶
自分の健康は自分で守り、それを会社がサポートするというのが基本的なスタンスです。社員のリテラシーを向上させ、健康づくりに主体的に取り組めるように、三井不動産が提供する「&well」という健康支援アプリを導入しており、任意でダウンロードしてもらっています。「&well」では、食事、睡眠、一次予防等に関する情報が提供されていますし、ウォーキング、ダイエット、禁煙等の健康イベントも実施されています。
2023年12月に導入し、現在ではわずか1年間で社員の約60%が利用しています。関心のある健康イベントに参加するように社員に呼びかけています。社内で「ウォーキングキャンペーンに参加している?」といった会話がされるようにもなってきました。健康イベントへの参加等でポイントが貯まり、商品券等に交換できるというインセンティブもあります。
中外製薬健康保険組合
常務理事 染谷 武 さん
染谷さん ▶
「&well」を活用して事業所で講演会をする際に健保組合がその費用を充当する、といったコラボヘルスも実施しています。
山本さん ▶
本社では、社員のコミュニケーションの場として初めて社内にカフェテリアをつくりました。有機野菜を使うなど食にこだわったコンセプトで運営しています。その席札に「&well」のQRコードを掲載しています。相乗効果が出せるように部署を超えたコラボレーションも実施しています。
──健康イベントへの参加率向上が課題
小林さん ▶
健康経営度調査を通して、当社の健康支援策の強みや弱みを浮き彫りにして施策に反映するというPDCAを回しています。当社の強みは組織体制、従業員への浸透であると捉えています。例えば、三位一体で社員のニーズを把握していること、健康経営をマテリアリティに組み込んでいること、産業医や保健師などの専門職が関与していること等が挙げられます。
一方、改善していく必要のある部分として、健康イベントへの参加率があります。健康になりたいという思いを持つ契機の1つが健康イベントです。社員が健康づくりを自分ごとと捉えて取り組んでいく環境を整備していきます。
また、新型コロナが落ち着いてきた中、正常群から予備群に移った社員が増えていることを懸念しています。一次予防に軸足を置いて予備群への移行を防ぐことが大切であり、健康イベントへの参加が1つの防止策になると思っています。
染谷さん ▶
健保組合としては、第三期データヘルス計画の実施状況を把握することが重要であると考えています。新たな指標も盛り込まれており、どのように推移していくのかを注視していきます。また、ストレスチェックでシグナルがある社員にどのような傾向があるのか、「&well」を活用している社員が健康をコントロールできているのか等を分析していきたいと考えています。
小林さん ▶
正常群から予備群に移った社員について、「&well」の登録状況や生活習慣などを多変量解析するとみえてくることがあるかもしれないという期待感は持っています。
染谷さん ▶
新型コロナが、運動、飲酒、食事といった生活習慣に与えた影響があると考えており、その点も紐解いていきたいと思います。
──若い頃から健康を意識してもらえる取り組みを
小林さん ▶
健康経営という考え方を海外事業所とも共有し、中外グループとしてよりよい経営の実現に貢献したいという強い思いがあります。海外事業所と関係性を構築するため、まずは、情報交換から始めています。
山本さん ▶
当社の人事制度が改定されます。60歳定年は変わりませんが、雇用年齢の上限が撤廃される予定です。そうなると、若い頃からの生活習慣が年を重ねるほど健康に響いてくるでしょう。そのため、社員に若い頃から健康を意識してもらえるような取り組みに力を入れていきたいと考えています。
中外製薬健康保険組合 事務長
藤林 哲也 さん
藤林さん ▶
「&well」で健康イベントが定期的に実施されており、運動に触れる機会はあります。そこから一歩踏み出して、運動習慣として定着させることが課題であると思っています。
染谷さん ▶
健保組合の本来の保険者機能は、医療給付や高齢者支援金の拠出等ですが、予防的な側面では、保健事業が非常に重要です。保健事業を効率的に実施する「勝利の方程式」は、加入者のリテラシーを上げることと、行動変容を促すことです。そのために資源をどう配分するのかが課題です。健保組合単独では限界がありますから、引き続き会社の支援をいただきながら、連携して取り組んでいきます。