健康コラム
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
昨今、「従業員の健康=企業の重要な資本」との考え方のもと、健康経営を実践する企業が増えています。「企業・健保訪問シリーズ ~健康経営 事例紹介~」では、さまざまな工夫で健康経営に成功している企業をご紹介していきます。
企業・健保訪問シリーズ
~健康経営 事例紹介~
塩野義製薬株式会社
鎮痛薬「セデス」や総合ビタミン剤「ポポンS」で有名な塩野義製薬株式会社。その歴史は古く、同社の前身となる「塩野義三郎商店」が大阪に誕生したのは、1878(明治11)年のこと。創業当時は和漢薬を扱っていましたが、西洋医学の普及に伴い、洋薬を輸入し、庶民でも手の届く価格にて販売を始めました。後に、新薬の開発、製品化に成功し、薬の製造事業を開始。2度にわたる世界大戦を乗り越え、その都度、時代の流れに沿った経営で今日に至ります。人々の健康と密接に関わる同社における、従業員の健康を守るための取り組みについてお話をうかがいました。
【塩野義健康保険組合の概要】
加入事業所数:13事業所(2017年7月末)
加入者数:10,964名(2017年5月末) ※被扶養者5,601名を含む
──社員の健康づくりに力を入れようと考えるまでの経緯についてお聞かせください。また、2年連続で健康経営銘柄に選定されたのは、どのような理由からだとお考えでしょうか。
塩野義製薬株式会社
執行役員 人事総務部長
岸田 哲行 さん
塩野義 ▼
当社では、基本方針の冒頭に「シオノギの目的」として、「シオノギは、常に人々の健康を守るために必要な最もよい薬を提供する」と掲げています。この目的を具現化するには、社員の健康が大切だとの考えは、だいぶ前からありました。ただ、具体的な施策にまでは手が回っていなかったことから、その第一弾として、2014年に当社社長の手代木が「シオノギ健康宣言2014」を出したのです。
なお、健康経営銘柄に選定いただいた理由については、あくまでも推測になってしまうのですが、やはり社長が健康宣言をしたことではないでしょうか。企業トップがコミットしたことで、事業主、産業医、健保組合による三位一体のコラボヘルスがしやすくなりました。それに伴い、具体的な保健事業を始めたことが評価されたポイントだと考えています。
──保健事業の内容についてお聞かせください。また、それに対する社員の皆さんの反応はいかがですか。
塩野義 ▼
従業員が健康を損ねて休むということは、企業の生産性に大きく関係してくることです。とくに、当社では、ここ数年、うつ病の薬を中心に販売していることもあり、メンタル不調者の数を減らすため、今日までにさまざまな施策に取り組んできました。例えばEAP(従業員支援プログラム:従業員のメンタルヘルスケアを目的に実施されるプログラム)を委託業者に依頼したり、健保組合が実施している「健康ウォーク」への参加を従業員に促すなどしています。もちろん、「健康ウォーク」には、社長自ら積極的に参加しています。健全な体と健全な精神はイコールだと思いますので、事業主としては、健保組合と一緒に社員の健康維持および促進に努め、ひいては会社の生産性向上につなげていきたい考えです。
従業員の反応としては、やはり、健康に密接に関係する分野で仕事をしているためか、保健事業に対する理解は高いように感じます。大きな抵抗を示すことなく取り組んでくれているので、事業主としてはとても助かっています。
塩野義健康保険組合
常務理事 森口 恭明 さん
健保組合 ▼
健保組合としては、主にポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチの二本柱で保健事業に取り組んでいます。事業主と連携して行うのは、ポピュレーションアプローチのほうで、具体的には、「健康ウォーク」、「禁煙」、「メンタル不調対策」など、社員全体で取り組むべき事業においては、事業主の力を借りています。
体制としては、主に各事業所にある(安全)衛生委員会が力を発揮してくれています。本来は、その名前のとおり、安全と衛生に取り組む組織なのですが、社長の提言と後押しで、同委員会に「従業員の健康管理」の役割も担ってもらうことになり、ポピュレーションアプローチの部分で、健保組合と連携し、各保健事業を推進してもらっています。
──ポピュレーションアプローチをする上で工夫したこと、また、各事業の具体的な内容についてお聞かせください。
健保組合 ▼
ポピュレーションアプローチを行うにあたり、まずは、目標を設定することが大切だと考え、データヘルス計画の期間に合わせて3年計画を立てました。通常、こうした数値目標は、トップダウンで一律に示されることが多いと思うのですが、当社の事業所には製造部、営業部、研究所などがあり、それぞれに特性があることから、数値目標の設定は、各安全衛生委員会に委ねました。達成できそうにもない目標を与えられるよりも、各事業所で自分たちの事情に合った目標を立てたほうが、従業員のモチベーションアップにつながると考えたためです。
事業の内容としては、まず「健康ウォーク」。春と秋の年に2回、それぞれ3か月間を「健康ウォーク月間」とし、一定の歩数以上をクリアするとヘルスアップポイント(インセンティブポイント)が付与されるという取り組みです。参加希望者には、USB接続で歩行データをパソコンに転送できる万歩計を無料で配布しています。現在までの参加者数は、全従業員数約5000人のうち、約1800人。まだ全体の35%程度なので、この数字は今後もっと増やしたい考えです。(平成29年度の参加率:42%)
「禁煙」に関しては、禁煙外来の費用や、禁煙補助剤の代金などを健保組合で1万円まで負担しています。そうした制度もありますが、本社では人事総務部の全面的な協力のもと、一気に禁煙が進みました。2015年までは本社の敷地内に喫煙エリアがあったのですが、2016年10月には喫煙エリアが完全撤廃され、全館禁煙になったのです。当初、本社の衛生委員会が立てた社内禁煙における目標は3年がかりの計画だったのですが、人事総務部長から「もっと短期間で実行しましょう」と声がかかり、結果的には2年足らずで全館禁煙を達成しました。本社が率先して全館禁煙にしたことは、他の事業所にもインパクトがあったようで、本社に続くようにして、別事業所でも全館禁煙を達成しています。このおかげで、2010年に26%程度だった喫煙率は、現在16.4%(昨年度)まで減っています。
また、メンタル不調者の数もEAPの取り組み効果により確実に減っています。他にも、さまざまな病気の原因となる塩分の摂り過ぎについても、重症化する前に取り組むことが大切であると考え、現在、研究所で、減塩に対するアプローチとして、試行的に定期健診時の尿中塩分量、尿たんぱくの測定や日頃の食生活のアンケート調査ならびに社員食堂での「減塩メニュー、塩分量表示の徹底等」を行っているところです。
──データヘルス計画には、どのように取り組んでいるのでしょうか。重点的に実施していることがあればお聞かせください。
健保組合 ▼
塩野義健康保険組合
事務長(前) 岩崎 順子 さん
データヘルス計画のハイリスクアプローチとして、重症化予防にも取り組んでおり、これは健保組合が主体で実施しています。内容としては主に糖尿病や脳血管・心疾患の重症化予防に対する取り組みになります。以前は、健診の結果が思わしくない従業員に対して、産業医の指導が入るという流れでした。しかし、産業医の先生の食事や運動などに対する指導を守れない人が一定数おり、そうした従業員が重症化してしまうという課題を抱えていました。そこで、データヘルス計画を策定した業者と一緒に健保組合として何ができるかを検討したのです。
例えば糖尿病患者の場合、「目が見えづらい」といった症状が出れば、まず眼科に行きます。しかし、眼科の治療だけでは、同時に悪化しているかもしれない腎臓は放置されてしまう可能性があります。そうした実態を把握できるのは、すべてのレセプトを持っている健保組合だけだと考えました。そこで、健保組合では、一人ひとりの症状、状況に寄り添った支援をしようということになったのです。現在、健保組合では、毎月、嘱託医および業者と一緒にレセプトデータを分析し、重症化予防の対象者に受診勧奨をしたり、生活指導をしています。経過をきちんと観察し、可能なら数値改善につなげ、最低でも悪化しない状態を保てるようにしながら、当社社員として定年退職まで勤めあげられかつ、将来的にも健康的な生活がおくれるようにしていきたい考えです。これは健保にしかできない使命だと捉えています。
──事業主と健保組合の協力体制や役割分担はどのようにされていますか。
塩野義 ▼
基本的な考え方としては、法定的なものは事業主で、付加的なものを健保組合でという役割分担です。ただし、健保組合が重要なことを発信しているにもかかわらず、従業員側が真剣に受け止めないような場合は、事業主としてフォローします。従業員の健康に対する意識付けは、事業主の責任でもあるとの考えからです。例えば、「健康ウォーク」の案内については、各組織長に参加をするよう私から直接メールで促していますし、場合によっては、全社メールを発信することもあります。
なお、2015年には、EHS推進室(EHS:Environment(環境), Health(健康), Safety(安全性) という組織を発足させ、今まで以上に、シオノギグループ全体で健康について考えていく体制を整えました。
健保組合 ▼
健保組合の役割は、シオノギ健康宣言とデータヘルス計画をどう結び付けていくかというところにあると考えています。シオノギ健康宣言で謳った重点項目(禁煙、特定検診の受診率、特定保健指導対象者の受講率など)に対して効果が出るよう、データヘルス計画で具体的な計画を練るということです。つまり、健保組合としては、データヘルス計画を健康宣言の計画として位置づけているといえます。
──健康ウォークで付与されたヘルスアップポイントは、どのように利用することができるのですか。
健保組合 ▼
従業員の皆さんが健康ウォークに限らず、様々な健康活動を通じて貯めたポイントは、平均で年間5000~6000ポイント(1ポイント=1円)になります。有効期限を2年にしているため、10000円を超える方もいます。当初はこれを健康グッズと交換し、さらなる健康維持に努めていただくことを考えたのですが、交換できる商品を健康グッズに限定したのでは魅力が少ないと考え、お米やコーヒーなどのグルメやファッションなどジャンルを問わず多彩な商品に交換できるようにしました。また、事業主と連携し、事業主側の福利厚生制度のSWAN(スワン)ポイントに移行できるようにもしました。SWANポイントは宿泊やスポーツ施設の利用に使えたり、自社製品の購入費やセミナー受講費の補助を受けられるなど、幅広い使い道があります。実際、多くの従業員が、ヘルスアップポイントをSWANポイントに移行していますので、この試みは正解だったと思います。また、少額のポイントを有効利用できるように寄付メニューも作りました。WWFや日本赤十字社のほか、事業主がCSRの一環として取り組んでいるプロジェクト(Mother to Mother:アフリカの母親たちを支援するプロジェクト)も含まれています。健康になりながら、世の中もよくすることができるとあって、寄付される方は結構多く見受けられます。
──被扶養者の健康診断受診率を上げるために工夫していることはありますか。
健保組合 ▼
塩野義健康保険組合
事務長(新) 岡野 英仁 さん
毎年、実施しているのは、健診期間(6~12月末)の中間の時点で、未受診の方に受診勧奨のハガキをお送りすることです。これにより、僅かずつではありますが、受診率が上がりました。2016年は、そのハガキに加えて、理事長(人事総務部長を兼ねる)から、3年以上健診を受けられていない被扶養者を有する被保険者に対して「ご家族が3年以上健診を受けられていません」という内容のメールを送っていただきました。また、ヘルスアップポイントについても、2016年度限定の特別ポイント制を設けました。通常、家族が受診した場合のヘルスアップポイントは1000ポイントなのですが、2年以上未受診の方が受診した場合は3000ポイント、3年以上未受診の方が受診した場合は4000ポイントという形で、未受診の期間に応じて特別ポイントを付与しました。ハガキ、理事長からの直接メール、特別ポイント制度、この3つによる効果は高く、3年以上の未受診者約500名のうち、約23%の方が受診するという結果となりました。しかし、まだ未受診の方はいらっしゃいますので、新たな工夫をしながらアプローチをしていきたい考えです。
──診療所があるとのことですが、診療所との連携についてお聞かせください。
塩野義 ▼
かねてより、主要な事業所(本社、研究所、工場)には、診療所を設けています。社員の健康に寄与するという意味もあるのですが、特殊な薬品を扱うこともあるため、万一に備えているという意味もあります。
診療所ごとに、内科医、精神科医を1名ずつ契約していますので、グループ全体で計12名の嘱託医がいることになります。計8名いる看護師はシオノギグループの社員として雇用(常勤)しています。看護師は当社の従業員でもあるので、「自分たちの会社のこと」という意識で取り組んでおり、非常に心強く思います。
健保組合 ▼
看護師は、自分がいる事業所の社員の健診結果を把握しています。正式な受診勧奨とは別に、健康リスクの高い従業員を事業所内で見かけたときに、「調子はどうですか?」「病院には行きましたか?」と気軽に声をかけられる関係性ができていることは、とてもいいことだと思います。健保組合と同じ問題意識を持ってくれている看護師のおかげで、健保組合としても効率よく業務を遂行できます。この部分についても「コラボヘルス」といえるのではないでしょうか。
──健保組合として抱えている課題はありますか?
健保組合 ▼
やはり医療費の削減および保険料の適正化が課題です。保険料率はこれまでに直近4年連続で累計19‰上げてきました。もちろん、その都度、保健事業を見直し、健保組合として節約できることをしたうえでの保険料率の引き上げです。また、医療費の削減については、会社と目的を一緒にすることを考えました。従業員が健康であれば労働生産性の向上につながるので、それを共通の目的にしました。それが医療費の抑制や保険料の適正化につながるものと信じて、事業主、社員、産業医・看護師が一丸となって、高い健康意識を社風にしていけるような努力をしています。
なお、納付金、支援金による財政悪化も事実なのですが、高齢者の医療費を支えることも現状では必要な役割だと思っています。したがって、この厳しい状況を改善するには、国のほうで制度自体を見直していただくしかないと思います。
塩野義 ▼
事業主の立場から申し上げることではないのかもしれませんが、保険料収入の9割以上は保険給付と国への納付金関係です。これは、健保組合側でどうにかできることではありません。今後、納付金がさらに上がったりするようなことになれば、データヘルス計画を求められても、保健事業を実践できないということになってしまいますので、事業主としても、国には、制度の早急な見直しをお願いしたい考えです。
──「あしたの健保プロジェクト」に対するメッセージや国に対する要望をお願いします。
塩野義 ▼
データヘルス計画に沿った形で、いろいろな工夫をしながら従業員の健康管理を推進しています。その際、個人情報保護法との関係で、非常にやりづらい部分があるのも事実です。従業員の健康を守るために効果的だと思われる施策を実施しようとすればするほど、データをどう活用させてもらえるのかという課題に直面します。したがって、もう少し柔軟にデータの運用をさせていただきたいのが本音です。
健保組合 ▼
国民皆保険制度自体の根本的な制度設計を見直さないと、いずれ破たんするような気がしてなりません。この素晴らしい制度を次世代につなげるよう、国には早急な制度の見直しを切望します。
塩野義製薬株式会社 執行役員 人事総務部長 岸田 哲行 さん
「数年前までの健保組合は、保険給付の処理が中心で、どちらかといえば受け身の組織でした。しかし、ここ数年は、データヘルス計画を意識して、会社のパートナーとして会社が望むことを実践してくれる非常に頼もしい存在になっています」
塩野義健康保険組合 常務理事 森口 恭明 さん
「今の健保組合の活動は、会社の協力なしにはできないものだといっても過言ではありません。基本方針に掲げている『人々の健康を守るために』との意識が、従業員やその家族に対しても働いているのだと思います!」
塩野義健康保険組合 事務長(前) 岩崎 順子 さん
「『コラボヘルス』という言葉は、データヘルス計画がスタートしてから盛んに聞かれるようになりましたが、当健保組合と事業主においては、ずいぶん前からコラボヘルスを実践してきました。このことをとても誇りに思います」
塩野義健康保険組合 事務長(新) 岡野 英仁 さん
「家族の健康、家族の笑顔は、そのまま従業員の健康、従業員の笑顔につながります。社長の手代木も同様のことを健康宣言の中で謳っています。そんなわけで、私は健康活動で貯めたポイントを低周波治療器にして、妻へのプレゼントにしました(笑)!」