健保ニュース
健保ニュース 2020年3月下旬号
幸野理事が2年度診療報酬改定を総括 その(2)
外来の機能分化推進へ道筋
患者の視点を欠く部分は残念
健保連の幸野庄司理事へのインタビュー第2回は、外来医療を中心に令和2年度診療報酬改定について聞いた。中央社会保険医療協議会の支払側委員として、大病院と診療所・中小病院のさらなる役割分担とオンライン医療の活用に向け、一定の道筋をつけることができたと総括した。かかりつけ医機能を手当てする「機能強化加算」の見直しでは、医療費を負担する患者の視点が十分に反映されなかったものの、患者への情報提供が充実されることを成果にあげた。経済性まで考慮した医薬品選択の仕組みである〝フォーミュラリ〟を診療報酬で制度化できなかったことには、無念さをにじませた。歯科と調剤については、健保連の主張がある程度とり入れられ、望ましい方向性に沿った内容になったことを成果にあげた。
──紹介状のない初・再診の患者から定額負担を徴収しなければならない地域医療支援病院の範囲を、許可病床400床以上から一般病床200床以上に拡大した。
外来医療における医療機関の役割分担や医師などの働き方改革を推進し、患者の受療行動を変容させることにもつながる見直しであり、高く評価できると考えている。
政府の全世代型社会保障検討会議が昨年末に取りまとめた中間報告で、定額負担の徴収義務を課す病院の対象を200床以上の一般病院まで拡大するとともに、定額負担の金額を引き上げて、増額分を医療保険財政に充当する方向性が示された。詳細な仕組みは今後検討することになるが、そこに向けて一歩前進した。
機能説明文書の内容を注視
──かかりつけ医機能を有する診療所・中小病院向けの「機能強化加算」をめぐり、健保連はかかりつけ医機能と無関係な患者まで一律に加算の対象になることを問題視したが、診療側の強い反対により対象患者を絞り込むことはできず、最終的には施設基準を見直し、かかりつけ医機能に関する患者への情報提供を充実させることで決着した。
この加算によって初診料に800円が上乗せされることが情報提供の内容に入らなかったことは、患者の視点が欠如した対応であると言わざるを得ない。しかし、患者に必要な情報提供や相談支援を推進することができたことは、かかりつけ医機能の普及に向けて半歩前進したのではないか。
院内掲示の内容として、医療機能情報提供制度を利用してかかりつけ医機能のある医療機関を検索可能であることなどが加わるほか、地域における自院のかかりつけ医機能を患者が持ち帰れる文書にして見やすい場所に置き、患者が求めれば交付することを要件化する。
医療機関にはそれぞれの特徴が必ずあるはず。どのような文書を院内に設置するかは、その医療機関の質が問われるところだと考えている。
情報提供に関する要件の見直しについては、健保連のホームページや機関紙を通じて周知していきたい。健保組合には加入者へ周知するとともに、地域の医療機関がどんな文書を作っているのか把握し、われわれに教えて欲しい。
4月以降に医療機能情報提供制度のウェブ検索システムにかかりつけ医機能の情報が整備される予定なので、健保組合に加入する皆さんには、かかりつけ医を選ぶ際にそれを役立ててもらいたい。
さらに、複数の慢性疾患を抱える患者の再診料に上乗せされる「地域包括診療加算」の要件を見直すことも、機能強化加算に影響を及ぼす。地域包括診療加算の届出を行った診療所は機能強化加算が算定できるようになるためだ。
現行だと電話問い合わせに自院で常時対応か準夜帯対応する体制を求めているが、複数の診療所で連携して輪番対応すれば済むように施設基準が緩和される。それにもかかわらず、地域包括診療加算の点数と、これにヒモづく機能強化加算の点数がいずれも据え置かれたことは残念に思う。
患者へ丁寧な説明が必要
かかりつけ医は情報を集約
──かかりつけ医と専門医などとの連携を強化する観点から、「診療情報提供料」について、かかりつけ医が専門医などに患者を紹介する場合(Ⅰ)と、患者がセカンドオピニオンを希望した場合(Ⅱ)に加えて、紹介先の専門医などが紹介元のかかりつけ医に治療経過を伝える場合(Ⅲ)の新しい評価区分が導入される。
新設される診療情報提供料(Ⅲ)は、医療機関同士の連携を深め、質の高い医療が提供されることを意図している。
妊娠中の疾病治療も想定しており、ある意味では「妊婦加算」に代わるような部分があり、通常だと3か月に1回に限り算定できるところ、産科医に頻回な情報提供を行う場合は1か月に1回算定できる。
患者の同意が前提となるため、妊婦加算のような問題は生じないと考えているが、患者にとっては負担増となるため、医師には患者への丁寧な説明が求められる。今後は、かかりつけ医が紹介先から提供された診療情報を、適切に集約していく必要があるだろう。
新型コロナの教訓も生かし
オンライン医療を広く活用
──オンライン診療料の取り扱いを見直すとともに、改正医薬品医療機器等法の施行を視野に薬局の薬剤服用歴管理指導料について、オンライン服薬指導の区分を新設する。働き盛りの現役世代にとって便利なオンライン医療の普及に向けて、弾みはつくか。
オンライン診療料については、事前の対面診療に関する期間要件を6か月から3か月に短縮することや、対象患者に慢性頭痛という個別の疾患が追加されたことは、患者にとって大きな意義がある。
今後も学会が個別の疾患に関するエビデンスを集積し、対象を拡大していくことが望ましい。治療と仕事を両立する観点から、さらなる要件緩和も期待したい。
また、今般の新型コロナウイルス感染症拡大の教訓を生かして、インフルエンザなどの感染症が流行した時に、院内感染を防止する観点からも、慢性疾患を抱える患者などが通院しなくても診察が受けられるように、オンライン診療を活用できないものか。
オンライン服薬指導が可能になることは、診察から服薬指導に至る一連の医療プロセスを、患者が一貫してオンラインで受けられる環境の実現に向けた第一歩となるが、普及には時間がかかると思われる。
点数が対面による服薬指導と同一水準になっているため、これを適正化することが今後の課題になる。
フォーミュラリは常識
医師の処方権は侵害せず
──有効性や安全性だけでなく経済性も考慮した〝フォーミュラリ〟と呼ばれる医薬品選択基準の制度化が、正式な論点として中医協で取り上げられ、厚生労働省から「使用ガイド付きの医薬品集」という名称で提案されたにもかかわらず、結果的には見送られた。
高齢化が進展する地域では、多剤服薬や残薬などの問題が顕在化し始めている。このなかでフォーミュラリが議論の遡上にあがった。
政府が閣議決定した骨太方針でも「費用面も含めた適正な処方」が課題とされ、今回改定で対応することが改革工程表に明記されていた。さらに、社会保障審議会の医療保険部会と医療部会が取りまとめた今回改定の基本方針にも、「医学的妥当性や経済性の視点も踏まえた処方を推進」との方向性が盛り込まれた。
厚労省の提案は、まず地域の中核である特定機能病院から院内フォーミュラリを実証実験的に開始するというもので、仕組みを構築したうえで地域へ広げていくというごく自然な流れだと思う。これが見送られたのは、健保連としては「痛恨の極み」だ。
診療側は、フォーミュラリそのものに賛成しつつも、「診療報酬制度で評価するのは違う」と反対した。医薬品の処方は一律に決められるものでなく、患者個人の病態に応じて選択するのは当然であり、それが医師の処方権である。フォーミュラリは決してそれを侵害するものではない。大手チェーン薬局の購買力や医薬品の流通が薬剤選択に影響する可能性もあるが、まず特定機能病院から導入することで、懸念を解消できる部分もある。
健保連は令和元年8月に記者会見を開催してフォーミュラリを推進するための具体策を提言した。フォーミュラリは、患者の経済的な薬剤費負担に直結し、効率化や適正化を通じた医療保険制度の安定性の向上につながる費用対効果の高い取り組みであり、今回改定の象徴的なテーマと考えていた。何としても実現したかったというのが本音である。
世界ではフォーミュラリが当たり前に作成されている。それができないということで、日本で医師の処方権が非常に強固であることを改めて痛感した。さらに、フォーミュラリについては診療側の合意が得られなかったことにより、先送りされた一方で、ギャンブル依存症の保険適用やニコチン依存症管理料の見直しに関しては、支払側の反対が押し切られたかたちで実現されており、中医協の決定プロセスに問題があると考えている。
ギャンブル、ニコチン
脱依存の継続率を検証
──限られた保険財政のなかで医療技術の動向や社会の変化に対応することも、診療報酬制度の論点になる。
ギャンブル依存症に対する集団療法を保険適用することに関しては、効果が十分に検証された標準的な治療法が確立されていると言い難く、支払側は時期尚早として慎重な検討を求めてきたが、政治的な背景もあり、導入されることになった。今後は脱ギャンブル継続率などを調査・検証し、適切な評価となるように引き続き検討することが求められる。
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の保険適用については、がんを発症した患者の未発症部位を切除する場合のみが対象であり、がん未発症の患者は引き続き保険適用外として扱うため、予防給付でないと理解している。
ニコチン依存症管理料については、支払側が反対したにもかかわらず、情報通信機器を用いた遠隔診療との組み合わせが可能になるとともに、加熱式タバコを対象に追加する。さらに、初回から最後まで一連の禁煙治療をまとめた定額報酬が新設されることになった。ギャンブル依存症の集団療法と同様に、禁煙継続率などを検証しなければならない。
ロボット支援下内視鏡手術は新たに7種類へ適応拡大することになるが、既存の内視鏡手術と有効性や安全性が同程度であれば、評価を同一点数とすべきである。
このほかに遺伝子パネル検査や軽症疾患治療薬のあり方を含めて、これから医療技術や医薬品をどの段階まで保険給付の対象範囲とするかについて、検討を進めていく必要があるのではないか。
疾患管理料を初診時減算
健保連の政策提言が結実
──歯科診療報酬の改定では、初・再診料を平成30年度に続いて引き上げるとともに、継続的な歯科医療を評価するための報酬である「歯科疾患管理料」について、長期管理を重視する方向へ点数を見直す。
院内感染防止対策に関する職員研修の実施を前提として、初診料と再診料がそれぞれ引き上がることは、政府が決定した歯科の改定率プラス0.59%が充てられた結果であり、仕方ない配点と捉えている。
一方、歯科疾患管理料については、平成29年9月の健保連提言を受けて、見直しの議論が始まった。健保連が当初に求めた初診時を算定不可とすることは叶わなかったが、初診時を100点から80点へ適正化することができた。健保連の主張が一定程度反映された見直しであり、提言の内容が2年越しで実現した。
対人業務へ構造転換に期待
課題は報酬体系の抜本再編
──調剤報酬の改定では、お薬手帳を持参して同じ薬局で調剤してもらうと2回目から薬剤服用歴管理指導料が低くなる薬局の範囲拡大、調剤基本料の算定要件の厳格化、内服薬調剤料の適正化、対人業務の評価拡充などが行われる。
大きな方向性としては、令和元年8月の健保連提言が一定程度反映された内容となっており、評価したい。
調剤基本料や調剤料の適正化、地域医療に貢献する薬局に対する評価の見直しなどによって、対物業務から対人業務へ薬局の構造的な転換が推進されることや、医薬品医療機器等法(薬機法)の改正に呼応し、薬局の機能に対応した調剤報酬体系へと再編されることに期待したい。
薬機法改正との関連では、一般的な調剤薬局、地域連携薬局、高度薬学管理薬局に分けて調剤報酬体系を再構築するように主張してきたが、改革に道筋を付けることはできなかった。多くの薬局は現状維持で経営が成り立ち、今回の改定に危機感を抱かないと思う。
調剤基本料については、処方せん受付枚数と特定の医療機関からの処方せん集中率によって区分する方式は限界であり、抜本的に見直す必要がある。
医師の働き方改革が大きな議論になっているなかで、分割調剤がまったく浸透していない。医師が薬剤師とタスクシェアする観点から、処方せんを見直して簡便な処方の仕組みを構築していくべきだが、今回は実現できなかった。
対人業務の評価として新設された経管投薬支援料、薬剤服用歴管理指導料の吸入薬指導加算、調剤後薬剤管理指導加算はいずれも〝医師の指示〟が条件となり、薬剤師の本来の機能を自ら発揮できるものとならず、残念だ。
医薬分業で失われた薬局の本来機能を取り戻すためには、調剤基本料、調剤料、薬剤服用歴管理指導料の抜本的な見直しが必要である。薬局の付加価値によって評価が差別化されるように、今後も引き続き主張していきたい。
このほか医薬品に関連しては、後発医薬品の使用促進に向けた医師へのインセンティブとして、一般名(成分名)による処方に対する加算を今回、1点引き上げることになるが、これは妥当だと考える。
院内調剤と院外調剤で報酬に大きな格差が生じている問題があり、患者の視点から言えば、院外調剤はコストに見合ったメリットを享受しているか疑問であり、さらなる見直しが求められる。