働き盛りのメンタルヘルス vol.20
誰しも気が合う人・合わない人、好きな人・苦手な人がいます。職場で関わりあう人全員と、仲良くできるに越した事はありませんが、なかなか難しいことです。今月は、嫌いな人と職場でどう付き合っていけば良いかを考えてみましょう。
※このコラムは「健康保険」2011年11月号に掲載されたものです。
「好き・嫌い」はなくすことができない
働く人びとが職場で感じるストレスランキングの上位には、「人間関係の問題」がいつも顔を見せます。本連載で繰り返し申し上げている〝職場環境の改善こそが本当のメンタルヘルス対策〟との私の主張に対しても、「それはわかるのだけど、人間関係の問題にはどう対応したらよいのか?」といったご質問を、さまざまな場面で受けることがあります。
ここで言われている人間関係とは、他者との相性、つまり人に対する好き・嫌いといった気持ちのことです。人間には感情や意思がありますから、どのような組織・集団においても、残念ながら人に対する好き・嫌いからくる人間関係の問題は発生します。これは職場以外の趣味のサークルや、習い事の教室、町内会などにおいても同様ですが、そういった場では、気の合う人たちと一緒に過ごせることが少なくありません。そうでなかったとしても、中座するとか、関わりを減らすなど自分の意思で行動できる場面が多いと思われます。しかし、職場における人間関係では、趣味のサークルなどとは異なり、自らの意思で一緒にいる人を選んだり、辛いと感じる場面から逃げ出すのはなかなか難しい。つまり、職場の人間関係には、気が合わない、生理的に苦手だと感じる人からの逃げ場が作りにくいところに、しんどさがあると考えられるのです。
「気が合わない人」は人それぞれ違う
「気が合わない」「苦手」といった感情は、前回触れた、職場で「使えない人」とは違った視点で考える必要があります。「使えない人」は、社風やその会社の価値観に合わないことが「使えない」条件であるとの視点から捉えられるため、職場内で一致することが多いといえます。しかし「使えない人」と「気が合わない・苦手な人」では、大きく分けると2つの違いがあります。
まず1つは、個人的な感情・価値観の問題です。「気が合わない」「苦手」と感じるのは人それぞれであり、ある人にとって苦手な人が、別の人にとっては好感のもてる人物であるというケースも多く見られます。もう1つは、「気が合わない」という個人の感情は、わかりやすい基準に基づいているわけではなく、極めて個人的な感覚であるという点です。つまり、何をもって「気が合う」「気が合わない」と考えているのかが、いまひとつ他者から見えにくいのです。それゆえ、職場で「使えない人」だけれども、個人的に「気が合う」人は誰しもいるでしょうし、逆に「使える人」であっても、「気が合わない」人もいると考えられるのです。
このような「好き・嫌い」といった個人的な感情に基づく悩みや不安が、日々職場で過ごしていくうえで大きなウエイトを占めるようになると、その職場の健康度はもちろん、生産性が低下することは明らかです。
私たちは日々役割を演じている
会社には仕事をするために来ているのであって、仲間と楽しい話をするために来ているのではありません。そうした場で仕事をしている時間中は、誰しも与えられている役割を演じているものです。主任の高橋さんや課長の田中さんは、主任や課長の役割を演じているのであって、プライベートな家族や友人との付き合いにおいても主任や課長ではありません。
よく「スイッチが入る」と言いますが、誰しも素の自分の言葉づかいや服装のまま、会社に来て仕事をしているわけではありません。会社を舞台にたとえれば、言葉づかいはセリフ、場をわきまえた服装は舞台衣装といったところでしょう。もし全社員が役割を演じることなく、素の個人として出社してくるような状況であれば、おそらく会社は成り立ちません。
私たちは意識せずに、嫌な感じがする相手と好きな相手では、態度を変えて接しています。とりわけ、好感を持っていない相手に対しては、職場などの場で求められている役割を演じることを忘れ、知らず知らずのうちに、ぞんざいな態度をとってしまいがちです。舞台上の役者のように、自身の役割を演じることに集中できれば、周囲に対して分け隔てなく気持ちの良いあいさつや言葉がけができるのではないでしょうか。
好きな人のやっていること、言っていることはよく見える。嫌いな人のやっていること、言っていることは悪く見える。自分が嫌いだと感じている人が、自分に好感を持ってくれることはまれです。むしろ、自分が嫌いだと思う相手も自分を快く思っていないことが多いでしょう。このように、お互いが「嫌い」の感情を向け合う状況、言い換えればマイナスの連鎖を断ち切るためにはどうしたらよいでしょうか。
「自分の嫌いな相手が、嫌な部分を直してくれれば、そんなふうに思わないのに」といった話を聞くことがあります。自分ではなく、相手が変わることを期待している状態です。しかし、相手を変えるのは非常に難しいことです。相手の変化を期待するのではなく、自らが職場などで演じるべき役割を見つめ直すことを通じて自分を変える――。それによって、嫌いな人との関係性に変化が生まれてくることを目指したいものです。