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働き盛りのメンタルヘルス vol.8

過重労働を仕事量だけの問題にしないための視点

今月は、「働き盛り世代」が過重労働でメンタルヘルスを悪化させ、出社できなくなってしまった事例を取りあげます。

今月の事例 ―― 過重労働による職場離脱のケース

IT企業A社で法人営業担当の高橋さん(仮名35歳)は、営業成績がよく将来を嘱望されている社員の1人。社交的な性格で職場のムードメーカー的存在です。プライベートでは結婚したばかり。さらには、趣味のフットサルを職場の同僚たちとチームを組んで楽しむなど、公私ともに充実した状況にありました。

A社では長引く不況の影響で、今春から従業員の3分の1が減らされることになりました。幸い高橋さんはリストラの対象に入らなかったものの、これまで一緒に働いてきた仲間が職場から姿を消していく様子を間近で見るなかで、「次は自分かもしれない」と不安を感じる機会が増えていきました。それまでも1日2 時間程度の残業はありましたが、人が減り仕事量は変わらない状況に置かれ、以前に増して高橋さんは残業の必要性に迫られることになりました。このようななか、高橋さんは連日深夜0時を超える時間まで働き、残業時間は週30時間を超える状況が続きました。

1日の睡眠時間は平均4時間程度、家にはただ眠るために帰るようになりました。こころのゆとりはなく、家庭でも些細なことがきっかけで喧嘩になることが増えていきました。疲れているのに、なかなか寝つけない日が増えてきたのは、リストラから3カ月が経過した頃。半年後には、朝、目覚めても布団から起き上がれなくなってしまいました。

過重労働を考える際の視点

過重労働は、よくメンタルヘルス悪化の要因として典型的に語られる一例です。過重労働が労働者の心身を蝕んでいくことは、過労による「うつ」から自殺(過労死)に至り、企業に損害賠償責任を認める判決が初めて出された2000年の最高裁判決により広く知られるようになりました。この事件を契機として、企業が従業員に対して有する安全配慮義務が明文化されましたが、いまだ多くの企業において、過重労働の問題は解決できていません。なぜなら、その発生要因は複雑に絡み合っているからです。過重労働についても、人ではなく実際に起きている出来事に視点を向けて考えてみましょう。過重労働発生の要因を要約すると、主に以下の3つに整理できます。

●労働量
本当に業務に無駄はないのか(効率化の余地はないか)、不要な会議や雑務に時間を取られていないのかを考えてみる。

●労働の質
精神的な緊張感を伴う業務と、そうでない業務では、同じ労働時間であってもその心理的・身体的負荷を同列に考えることはできない。また達成感の感じられる業務とそうでない業務、裁量権を適切に与えられている自由度の高い業務と定型的な業務などでも、業務負荷は異なる。

●職場環境
人員不足や社員間の連携不足はないか。また管理者は部下とコミュニケーションが取れているのか、部下同士がコミュニケーションを取れる職場環境を作れているのかを考える必要がある。孤立した状況では、人はよりストレスを感じやすくなる。

このような視点から業務を見直してみると、労働時間が多いことのみで過重労働に陥るのではないと再確認できるはずです。たとえば、労働量の視点からみると、削減可能な業務や会議、雑用などはないか。さらには業務プロセス自体を見直して、工程を省くことはできないだろうかといった、職場環境をよりよくする方向に視点が向き、個人の要因にばかり捉われてしまう状況を変えることができます。

働きやすい労働環境を目指す

それでは3つの視点から今回の事例を見てみましょう。

●労働量
たしかに業務量は多そうですが、日々の予定を確認し、無駄な時間や不要な業務があるかを精査する必要があります。また、上司は業務自体の進め方を確認し、より効率的に進めることができる点はないかを検討することが望ましいといえます。

●労働の質
営業は一般的に裁量権や自由度が他職種と比して高いと考えられます。しかしながら、成果を求められる水準が高ければ、大きなストレスとなるので注意が必要です。

●職場環境
業務量が増え、「自分も会社にいられなくなる」と感じ、不安が大きくなっていった高橋さんを、上司がうまくフォローできなかった可能性があります。また多くの同僚が辞めていったため、これまで高橋さんを支えていた職場の人間関係が崩れてしまった可能性もあります。上司がコミュニケーションを積極的にとり、彼のサポートをしていく必要があったと考えられます。

この事例では、職場の環境変化に長時間労働主体で対応したため悪いストレスが蓄積し、結果、本来悪いストレス解消の場であるはずの家族や友人関係までもが揺らいでしまい、高橋さんを追い詰めることになりました。

従来のメンタルヘルスの個別対応はその場しのぎでしかなく、それのみでは問題が発生する土壌は改善されません。過重労働による職場離脱を防ぐためには業務プロセスの見直しや部下への向きあい方、社員へのストレスマネジメントの啓蒙といった複合的な施策を行うこと、つまり、社員がより働きやすくまた能力を発揮できる労働環境を整備していくことが望ましいといえるでしょう。このような取り組みの積み重ねが、職場のメンタルヘルス環境をよりよくすると私は考えます。

※このコラムは「健康保険」2010年11月号に掲載されたものです。

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