働き盛りのメンタルヘルス vol.2
前回は、「働き盛り世代」がこころの問題と無関係ではないことをお話ししました。これから「働き盛り世代」のメンタルヘルスについて、理解を深めていくわけですが、そもそもメンタルヘルスやストレスがなんであるかについて、漠然としたイメージをお持ちではないでしょうか? 今月はこころの問題を考えていく上で大前提となる、メンタルヘルスとストレスについて解説したいと思います。
そもそもメンタルヘルスとはなんなのか?
メンタルヘルスという言葉を見聞きして、どんなことを連想するでしょうか? 幸せな気持ちになったり、元気になったりという明るい印象よりは、うつ病や元気のない感じなど、比較的暗い印象を感じる方が多いように思います。その反面、メンタルヘルスとはどういうことであるのかといった共通認識がいまひとつ明確になっていない。「メンタルヘルスを高めましょう!」というスローガンはさかんに叫ばれるものの、肝心な意味については十人十色といったところです。
メンタルヘルス(mental health)を日本語にすると、「こころの健康」「精神保健」という訳語があてられています。いずれも、こころをより元気にするための予防的な対応、すなわち、病気にならないようにするための活動に重点がおかれている言葉です。これに対して、同じこころを扱う分野である「精神医学」は、こころが傷ついてしまった箇所を修復する「治療」の意味合いが濃いのに比して、メンタルヘルスとは前向きなイメージを有する言葉なのです。
とはいえ「こころの健康」という言葉もまた、いまひとつ漠然としています。メンタルヘルスとはなんであるかを理解するカギになるのは、こころが健康であるとはどういうことなのかを知るところにありそうです。
こころが健康であるとは
「こころの健康」を考える前に、「健康」そのものの定義を確認してみましょう。WHO(世界保健機関)では「健康」を「身体的にも、精神的にも、社会的にも、完全によい状態(well − being )を意味するものであって、ただ単に病気や虚弱ではないということだけではない」と定義しています。これを踏まえて「こころの健康」を考えてみると、病気でないことはもちろん、仕事もプライベートも充実していて満足できる、さまざまな側面から見ても「よい状態」であるといえます。
そうはいうものの、仕事もプライベートも申し分なく満足できている状態がずっと続いていることなど、まずありえません。仕事が順調でもプライベートがおろそかになってしまったり、その反対もあります。両方とも満足できる状態というのはなかなか得がたいものです。難しいことだからこそ、こころが健康な状態になるように、どうしたらよいかを目指す発想が必要であるといえるのではないでしょうか。メンタルヘルスは私たちにとって無縁なものではなく、われわれのこころを元気にすることを目指した、日ごろのちょっとした心がけや行動そのものなのです。
図:病気と健康の関係
ストレスの本来の意味とストレス理論
よりよいメンタルヘルスを考えていく上で避けて通れないのがストレスについての理解です。「最近、ストレスが多くて……」など、私たちは日常的にストレスという言葉を使っていますが、メンタルヘルスと同様、人それぞれ理解が異なっているように見受けられます。
ストレスという言葉は本来、工学・物理用語で、物体に力が加わった時に生じるひずみを意味する言葉です。それが生理学者ハンス・セリエによりストレス理論が発表されてから、こころの用語として転用されるようになりました。
ストレス理論では、私たちの心身に外部からのさまざまな刺激(ストレッサー)が加わった際、心身のあらゆる機能変化が生じると考えます。この外部からの刺激を原因として心身にゆがみが生じている状態をストレス状態と呼んでいます。また、私たちの心身は、ストレス状態からバランスがとれた状態に体が回復しようとする働き(ホメオスタシス)を有しているとストレス理論では考えており、その際に生じる心身の反応をストレス反応と言います。
ストレスなしでは生きられない
私たちは日々、さまざまな刺激に囲まれて生活しています。目覚まし時計の大きな音、汗がしたたり落ちるような暑さ、お客さまからの耳の痛いクレーム、いずれも刺激すなわちストレッサーです。しかし、ストレスには心労、過労、不安など、心身がつらくなったり、ためすぎるとこころの健康を害するような悪いストレスだけではなく、よいストレスもあります。よいストレスとは、目標、夢など、自分を奮い立たせてくれたり、勇気づけてくれたり、元気にしてくれたりする人生を豊かにする刺激の事です。いうなれば、私たちはストレスなしでは生きていけないのです。では、ストレスがたくさんあればよいのかといえば、そうではありません。
来月はストレスがたまり、こころの健康が悪化するとどういう問題が生じるのかについてお話ししたいと思います。
※このコラムは「健康保険」2010年5月号に掲載されたものです。